journal
手仕事の記憶
2023.09.28
( Nordic Journal )

まずは、薬局美術館から。
当時、この家には貴族が住んでおり、ある時期においては街の薬局でもありました。家の中には18-19世紀のロココ様式やスウェーデンのグスタビアン様式のインテリアがいまだに現存しており、当時の生活を記録する場所として歴史的価値があります。

薬局だった頃のノートや薬瓶。ひとつひとつに個性があり、「もの」としての魅力に溢れています。



200年ほどの時が過ぎた今見ても、優雅さや高貴な雰囲気が感じられるのはなぜでしょう。ゆらぐガラスを通った光が、ぼんやりと室内を照らします。



部屋の窓から。
アウラ川沿いのおだやかな昼下がり。


化粧台や時計、蝋燭台も残っていました。
草花の曲線を生かした装飾が施されています。



たくさんの薬瓶が置かれた調合室。
お客さんの症状を聞きながら、秤を用いて薬の調合していたようです。


協力団体を記したプレートには、ガラスメーカーのカルフラ社やイッタラ社の名前もありました。
薬瓶の製造をしていたのでしょう。



優れた計算機も機械もまだない時代。薬を調合することも、ガラスをつくることも、秤をつくることも、相当な技術が必要だったはずです。ひとことで「手仕事」と言っても、現代における手仕事とは意味も役割も異なるものだったのでしょう。残されたその痕跡には、その時代を生きた人間のたしかな生の痕跡が感じられます。
続いては、手工芸博物館へ。
先ほどの建物が貴族層の住居だったのに対して、こちらは職人たちの住まい。つまり、かつて庶民層のための場所でした。








豪華な装飾はなく、人々の生活のなかで生まれた自然な混沌が見られます。展示のために整えられている部分もあるかと思いますが、それでも、置かれた「もの」と「もの」が互いに関係し合っているようで、混沌の中にさえも心地よい秩序が感じられます。

手仕事がつくる風景には、人間の“ありのまま”が内包されています。取り残された静かな風景からは、「こういうことをしていたのかな」とか「こういう会話があったのかな」みたいな、かつての住人への様々な想像が膨らみます。たとえ何百年もの時が過ぎていたとしても、私たちはどこかで彼らと繋がっている気がするのです。
貴族と庶民、かつてと現在。
属性、時代が違えば、その暮らしも大きく異なります。しかし、それでも「人が、人のために仕事をしながら生きていた」という営みの存在はたしかなものです。長い歴史の先に現代があるように、現代を生きる私たちの生のその先にも、きっと終わらない物語が続いているのでしょう。
手仕事の記憶
( Nordic Journal )
2023.09.28
Text & Photography : lumikka