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北欧ヴィンテージを携えて
2025.11.17
( Nordic Journal )
故きを温ねて新しきを知る ——。
この言葉が生まれたのは遥か昔のことですが、人から人へと受け継がれながら今もこうやって残り続けています。価値あるものは、時代に淘汰されることなく歴史に残り続ける。それは言葉だけでなく絵画や音楽、学問などあらゆる物事に共通しています。

「歴史 / 過去から学び、現代に生かす」という姿勢は私たちlumikkaの活動の根源にあります。時代を超えて残り続けるものには相応の理由と価値があり、それらを丁寧にリサーチすること、そしてわかりやすく伝えることは私たちの重要な活動のひとつです。
本記事では、フィンランドのヴィンテージデザインに焦点を合わせて、さまざまな角度からその価値を考えてみます。
そもそもヴィンテージ品とは ——。
ひとつの視点として、「一定の価値を誰かに見出されたもの」と表現することができるかもしれません。逆にいえば、価値を見出されなかったものは廃棄されてしまったり、人目に触れることなく時代の波に埋もれてしまいます。つまり、現存しているヴィンテージ品には時代を超えても人を惹きつけるだけの「なにか」が内包されているはずで、それ故に、いまも残り続けているのです。
その点、フィンランドのヴィンテージ品には様々な「なにか」が溢れています。ひとつは、プロダクトがつくられた時代的背景です。当時について、フィンランドのヴィンテージデザインを詳しくまとめている書籍『北欧フィンランドのヴィンテージデザイン』の冒頭文を引用します。
戦争と欠乏の時代を経て、国の経済は成長し、美しく実用的な生活用品を買うゆとりができました。……当時、国民総生産は毎年平均5%ずつ成長し、1944年から74年の間に個人消費は3倍に増加しました。
アンナ・カイサ・フースコ, 北欧フィンランドのヴィンテージデザイン,
パイインターナショナル, 2013
この数行からも分かる通り、フィンランドデザインは激動の時代と共に成長してきました。1917年にやっとの思いで独立したかと思えば、その後すぐに大きな戦争を経験します。美しくシンプルな装いやポップで可愛らしい絵柄など、フィンランドデザインは表層的な部分が注目されがちですが、それらは時代や社会との重なり・必要性によって特徴づけられたものなのです。

Pekka/ 1917-1927年

Talvikki / 1967-1974年

Pioni / 1975-2001年

Pore / 1949-1964年
また、当時の製造環境にも今とは違った特徴がありました。
「作家性と普遍性の共存」と「手仕事と大量生産のバランス」です。
例えば、フィンランドを代表するメーカーのアラビア社には美術部門があり、そこに属するデザイナー/アーティストは大量生産に縛られることなく自由に実験や制作を行っていました。もちろんプロダクト部門も併設されており、そこではより実用的な製品がつくられていました。一見すると相反するようなふたつのスタジオがそれぞれを刺激し合い、混ざり合いながら制作をしていたからこそ、作家性と普遍性の両者を伴う美しいデザインがフィンランドで生まれたのです。

一般的に、作家性が高い一品ものは製造コストが高くなり、逆に安価すぎる大量生産品は、後の時代のより安い大量生産品に埋もれてしまいます。その点、フィンランドのヴィンテージデザインはそのバランスが絶妙で、手描きの絵付けや作家性が高いデザインも多いのですが、当時それなりの量が生産・消費されていたため価格もそこそこなのです。ヴィンテージ品として日本に輸入をするとそれなりに価格は上がってしてしまうのですが、手仕事による製造やデザインのクオリティを考慮すれば妥当であると言え、むしろ現代で同じような方法(手仕事)で製造するとなると価格はもっと上がるはずです。
不思議なことに、フィンランドのヴィンテージ品は状態よく残されているものが多いです。それは、プロダクトが世代を超えて愛されつづけていた証拠に他ならないのですが、それ以外の要因として、そもそもフィンランドにセカンドハンドショップ(リサイクルショップ)の文化が根付いているからとも言えます。ものを大切に使えば、いつか不要になったとしてもショップに買い取ってもらえるという仕組みが、ヴィンテージ品の状態を高い水準に保ってくれているのだと思います。

カトラリーが直接触れるプレート類や製造から50年ほど経つ特に古いプロダクトについては、やはり細かなキズが残ってしまうこともあるのですが、それでも、「光にかざすと見えてくる」くらいのものが多いです。

カトラリーが触れることの少ないコップ類は、製造から数十年経っていてもキズがほとんど無いものも多く、それらは現代のプロダクトたちと並んでも全く遜色ない佇まいをしています。
安さや綺麗さなどの合理性を求めると、ヴィンテージアイテムは現代のプロダクトに比べて劣るようにも見えてしまいます。しかし、冒頭でも書いたように歴史に残り続けるものには「なにか」が内包されていて、それを見つけようとすること、想像することに大きな意味があると思うのです。
身の回りのものが、いつどのようにして生まれたのか。あるいは、いつまで人に使われ続けるのか。そんなことを想像しながら「もの」を見つめてみると、また少し違った風景が見えてくるのかもしれません。
北欧ヴィンテージを携えて
( Nordic Journal )
2025.11.17
Text & Photography : lumikka