journal
深い夜
2025.11.04
( Nordic Journal )
夜の静けさに包まれるとき、原初の記憶を思い出す。恐れと美しさが紙一重の関係性で存在している、静謐でありながらも重たい時間の底にいるような。



人類の歴史よりももっと昔、言葉も電気もなかった頃。わたしたちの祖先の生命体は、きっと一寸先すら見えない闇の世界に怯え、慄き、小さく丸まって洞窟のなかで眠っていたに違いない。夜のあいだに他の生命体に襲われることも、寒さに凍えてしまうこともあっただろう。
新しい朝がやってくる保証なんてまるでない。本当の意味で“生と死の狭間”に生きていた彼らのDNAは、この数万年という時間によって希釈されながらも、わたしたち現代人の体の中をいまも漂っている。
夜とは本来的に恐怖を含んでいて、わたしたちは、その恐怖を本能的に知覚する。

北の地に、長い夜がまたやってくる。


この時期の部屋に入り込むうつくしい夕暮れの光は、少し目を離すと消えてしまう。その光を眺めていられるわずかな時間も、日々刻々と短くなっていく。季節の巡りは当たり前のことなのに、冬が近づくと、手のひらから何かが失われてゆくような喪失を覚えるのはなぜだろう。ありふれた距離が、ずっと遠くに感じられるのはなぜだろう。

光に対してこれほど心を寄せたり手触りを感じることは、この季節、この場所でしかあらわれない特別な感情のひとつだと思う。人間の感情も、少なからず環境に依存している。冬の光がうつくしいと思えるのは、この地の夜が深いから。
ずっと、その光を見つめていたい。
その先に深い夜がつづくとしても。
・
・
・

向かいの窓からあふれる光が目に映る。
プラネタリウムみたいだと心がざわめく。
小さな宇宙を窓の内側から観測している。
またひとつ、遠くの光が星のように瞬く。
そのひとつひとつの光の中に人がいて、人の生活があって。もしかしたら彼らは笑っているのかもしれないし、もう眠ってしまっているのかもしれない。どれほど想像しても確かなことはわからないけれど、すこしだけ離れた距離にいる知らない誰かとこの深い夜を共にしている。その事実が、心の安らぎだ。
別れ際の「また明日」って言葉には、あなたに新しい朝が訪れますようにという切な祈りが込められている。
それはきっと、夜を共に越えるためのおまじないだ。

深い夜
( Nordic Journal )
2025.11.04
Text & Photography : lumikka