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羊の島の秋
2024.10.14
( Nordic Journal )
ヘルシンキには、「羊の島」があります。
名ばかりではなく、夏になるとほんとうに羊がやってくるのです。
ヘルシンキの中心地から北東に抜ける6番線のトラム。
その終着点にあるのがイッタラ&アラビア デザインセンターで、さらにその少し先にあるのがLammassaari (ランマスサーリ)、フィンランド語で羊の島です。



トラムの終着点からさらに先へ。
秋の小道を潜り抜けて、人びとの行方に身を任せていると大きな橋があらわれます。犬の散歩をするご近所さんも、カメラを持った旅人も、自転車に乗った学生も、ベビーカーを押すご夫婦も、皆がこの橋の方へと吸い込まれていくのです。

橋の上からは、のどかな風景が眼下に広がります。高い場所から人々を俯瞰して眺めていると、自分が世界の外側にいるような浮遊感を感じるのはなぜでしょう。時間というものが本当に存在しているとするならば、それは当事者よりも観察者の方がゆっくりと、動いている時よりも考えている時の方がおだやかに流れているような気がします。





この島(森)には、道に迷うほどの選択肢はありません。近道をするか、遠回りをするのか。前を歩く人と別の道を選んでも、しばらくして、またどこかで出会うのです。そしてどちらかは、「あぁ、近道があったのか」と心の中で呟く。あとから振り返ってみなければわからないことが、世の中にはたくさんあるのでしょう。







歩くことには、瞑想的な時間が含まれています。この細い道でスマホを見ていることはできないし、油断をしていると木の道から落ちてしまう。歩むたびに変わっていく環境に注意を払っていると、過去のこととか未来のこととか、そういう遠い距離にあるものごとは思考の外側へと消えてゆきます。
今、目の前で、起こっているたしかなこと。
その一点にのみ意識が向けられて、絡まり合った糸の束が自然と解れていきます。

干上がった湿地帯。
冬にはまた水が溜まります。


自分の背丈ほどの葦に囲まれた道を進むと、“島”らしき岩の丘があらわれます。滑らぬように、気をつけながらその先へ。


草木の黄と空 / 海の青は層となり、秋色のボーダーラインが広がります。今の季節に羊はいませんが、その不在を埋めるように多くの人々があちらこちらに、うろうろと。自分だけの心地よい居場所を探しています。




この島に初めて行った時、ここは島なのかとふと思いました。たしかに海に囲まれてはいるものの、地図上では陸続きになっているからです。
ここで初めて羊を見た時、この子は羊なのかと考え込みました。絵本でよく見るわたがしのような姿とは異なっており、ヤギのようにも子牛のようにも見えたからです。
人は、立ち止まると何でもないことをまるでそれが大事な何かであるかのように深く考え込んでしまうことがあるようです。そういう空虚の時間も悪くないと思うこともありますが、この場所では、目の前に広がる金色の光をただ深く深く感じていたいと思うのでした。

羊の島の秋
( Nordic Journal )
2024.10.14
Text & Photography : lumikka